“On The Road ”,ファイナルの1日

「この素晴らしい“福岡”の夜!」となったメモリアル・チケット。大切にします。
「この素晴らしい“福岡”の夜!」となったメモリアル・チケット。大切にします。

《往路》
午後14時半に、イカシタ奴らとの「再会」の旅に出た。午後14時43分、大分駅前に到着。
午後14時半に、イカシタ奴らとの「再会」の旅に出た。午後14時43分、大分駅前に到着。
午後15時14分、大分駅始発の「ソニック40号」に乗車。午後16時1分に中津駅に停車。
今回は、乗車した号車がよくて、駅前の「2008 チャレンジ!おおいた国体」の幕が見えた。
その下には、電柱で1部見えないが、「歓迎 ようこそ諭吉の里 中津市へ」の幕。
午後15時14分、大分駅始発の「ソニック40号」に乗車。午後16時1分に中津駅に停車。
午後17時15分に、博多駅に到着。下車してすぐに、ソニックの「ロゴ」を撮影。
午後17時15分に、博多駅に到着。下車してすぐに、ソニックの「ロゴ」を撮影。
改札口から出てみると博多駅の構内は、2年前に来たときとは全く別の景色で、どうやら駅が全面的に工事中のようだった。いつもとは違う風景なので、勝手が違う。右か左か?、とりあえず勘で左の出口に行ったら見知らぬ風景が現れた(汗)。まだ時間に余裕があるので、工事中の構内の反対側の出口へ移動したら、見慣れた風景が目の前に現れた。そこで、後ろを振り向くと、右斜めに巨大なクレーンが3基設置されていた。「博多駅」の看板もいつもとは違っていた。
「博多駅」の看板もいつもとは違っていた。
開場時間まで1時間を切っていたので、地下に移動した。
開場時間まで1時間を切っていたで、地下に移動した。
地下鉄の博多から天神までの切符。片道200円です。
地下鉄の博多から天神までの切符。片道200円です。
5分ほどで地下鉄:天神駅に到着。ライヴ後のことを考慮して、帰りの切符を買った。
さて、天神駅には、何十箇所の地上への出口があるのだけど、毎回のように迷ってしまう。
現在地を中心とした周辺の案内図を眺めて、携帯電話のカメラで念のために撮影した。
現在地を中心とした周辺の案内図。
一応、PCの「駅すぱあと」で、帰りの福岡空港行きの地下鉄の時間を調べておいたのだが、
ライヴの終了時間次第では、どうなるかわからないので、念のため時刻表も撮影しておいた。
一番、確実なのは、午後22時26分、天神発。最悪でも午後22時38分までがリミット。
帰りの福岡空港行きの地下鉄の時間を調べておいたのだが、ライヴの終了時間次第では、どうなるかわからないので、時刻表も撮影。
目的の場所へは、「11番出口」「目印は中央郵便局」と念仏のように唱えながら、、、、、、
11番出口に辿り着いた。階段を上って地上に出ると、右手に∞のような金色のモニュメントが最初に目に入った。さて、方向音痴状態の僕は、左か前か右かを悩んで、やっと中央郵便局を発見。横断歩道を渡り、以前に記憶のあり立ち寄ったことがあるダイエーのお店を頼りに、緩やかな右カーブの道を直進して歩いた。
帰りのことも考慮して、地下鉄の改札口から、普通に歩いた場合の時間も計測しておいた。
普通に歩き初めてから10分ほどで、1枚の案内版が目に入ってきた。「福岡市民会館」。
普通に歩き初めてから10分ほどで、1枚の案内版が目に入ってきた。「福岡市民会館」。
目的の地は近い。50mくらい歩いて、横断歩道を渡り、緑で囲まれた公園の中に入っていった。
すると、左手に「福岡県立美術館」、その右奥に「福岡市民会館」が見えてきた。
左手に「福岡県立美術館」、その右奥に「福岡市民会館」。
僕は、「福岡県立美術館」の向こうにいったん行き、「福岡市民会館」の全景を携帯電話のカメラで撮影した。そして、上の写真の中央から右に見える花壇のそばのベンチに腰掛けて、慣れないというか苦手な携帯電話での文字入力で文章を書いて、モブログのメールの投稿をした。
「福岡市民会館」の全景の写真を添付して、モブログ機能でメールの送信。
さて、まだ開場時間まで12分あるので、ライヴ前の恒例の「エネルギー補給タイム」です。
大分駅に隣接するコンビニエンス・ストアで予め買っておいた「おにぎり」と公園前の自動販売機で買った「温かいお茶」で、軽い夕食をここでしました。夕食の間、僕の前を通ってゆく人の流れも多くなりました。開場時間1分くらい前に、僕はベンチを離れました。

《現地の風景》
福岡市民会館の敷地に足を踏み入れると、こんな綺麗な植木鉢がありました。
文字通り「福岡市民会館」です。
福岡市民会館の敷地に足を踏み入れると、こんな綺麗な植木鉢がありました。文字通り「福岡市民会館」です。
午後18時31分42秒、福岡市民会館の前には、このように長い行列ができていました。
午後18時31分42秒、福岡市民会館の前には、このように長い行列ができていました。

僕は、行列に並ぶ人たちを一人ずつ眺めて歩くようなことを、できるような性格ではないので、
行列の前の広大なスペースで、しばらくの間ぽつんと立っていただろうか・・・。
どうしても会いたい人がいた。
もしかしたら、その“君”のほうから、僕を見つけてくれるかもしれないと思っていた。
行列の先頭の近くにある当日券売り場にも行ってみた。
いや、もう先に入場しているんだろう、と思った。

しばらくの間は行列は落ち着かないな、と思った僕は、市民会館の裏手に回ってみた。
そこには、大阪フェスティバルホールで出会った「巨大なトラック」が1台だけ表に出ていました。
市民会館の裏手に回ると、大阪フェスティバルホールで出会った「巨大なトラック」が1台だけ表に出ていました。
会館の中には、他のトラックが入っていたのかもしれない。
今年の1月22日から、佐野元春 and THE HOBO KING BANDとツアークリューの皆さんは、
全国20箇所をロードしてきたけど、ツアー機材を安全運転で運搬してきた裏方さんの存在も忘れてはいけない。公演の間隔が開いていれば、そうでもないだろうけど、2日連続という公演の組み合わせも何回かありました。今回の福岡公演の前日は、鹿児島県に近い宮崎県の都城公演を終えてからの移動となります。中津公演のときは、前日が熊本公演だったけど、その倍以上の長い距離を移動をして、ここに着いたに違いない。

      裏方の方々、本当にお疲れ様です。ありがとう!

と、お礼を心の中でつぶやいて、ふたたび市民会館の表に移動した。すっかり、行列も10人くらいに落ち着いていて、列に並んだ。そしてすぐに入場した。午後18時35分頃だったと思う。

《入場後から開演まで》

入場してすぐに、ホールの外のエントランスの人混みの中を、鋭い眼光で左右に移動しながら、5分くらいの間ずっと“君”を探していた。知らない人から見たら、コヨーテに見えたかもしれない。
僕は、片手には小さなメモ帳を、もう片方の手には、大分駅で買った甘いお土産の入った紙袋を持っていた。だって、約束したじゃないか、ライヴ前に甘い物を一緒に食べよう、と・・・。

エントランスには居ないと思った僕は、ホールの中に入場した。一般発売か当日券で入場していると思っていたので、横の通路を左右に移動しながら、後ろの方の座席を眺めながら“君”を探していた。でも見つからない。“君”からの声もかからない。係員の方から、何度も「座席にご案内しましょうか?」と声をかけられた。きっと、僕から見られていた後ろの座席に着席中の方からは、変な奴と、係員からは、怪しい奴と思われたかもしれない。でも、そんなの関係ない!

主催者に敬意を表して。
今回の福岡市民会館の主催者に敬意を表して。

2,3回ホールを左右に往復してから、片方の手にしていた小さなメモ帳に記していた方の座席へと出向きました。このブログのいくつかのエントリーにコメントとトラックバックをいただいている、M's Factoryさん(mfさん)の座席を目指して階段を下っていきました。
mfさんが運営されているブログでは、ご自身の座席番号を公開しておられたので、あるエントリーで「開演前に挨拶に行きます」とコメントをしていました。約束を破るわけにはゆきません。
「あの~、mfさんですか?BGOです」という当事者しかわからない会話をしたと思います。
そして、無事にmfさんにお会いできました!最初に、力強い握手をしました。
ちょっと本のお話をして、ふたたび力強い握手をしました。いい席でしたね!楽しめましたか?

ちょっとバタバタとしていた状況でしたので、あまり多くお話ができませんでした。
その後、「もうすぐ開演のアナウンス」があるまで、“君”を探していました。

ツアーグッズ販売コーナーの様子。向こうの端にmofa入会コーナーがある。
Webmasterの方の前を何回も通ったけど、忙しくて残念ながらお話も挨拶もできなかった。
ツアーグッズ販売コーナーの様子。

結局、タイム・オーバー・・・。“君”に再会することは、できなかった。
僕は、ここに来る前から決めていたんだぜ。5列目の右サイドの席だったけど、“君”に出会えたら、席を交換してあげようと。もちろん、君がOKしたらだけれども。

この日のライヴの2日前に、ある方からメールが届いた。
僕にとっては、なんとも言えない複雑な内容の文章だった。
とりあえず、当日の夜に「福岡に来れるかい?」と返信した。ブログの1行メッセージも変えた。
翌日になっても、その方から返信は届かなかった。
そして、福岡のライヴから帰宅した未明になって、ライヴ当日に送信されていたメールをPCで受信した。事情がやっとわかった。そういうことならば、確かに来れないよな。でも、僕の携帯電話のメールアドレスを伝えているのだから、携帯電話のほうにメールを送って欲しかった。

《ライヴの感想》

中津公演での、“意表を突かれた”感動の涙のライヴ。40日のブランクを経て、
広島公演での、“成長した内容の”驚愕の感動の涙のライヴ。2日後の、
大阪フェスティバルホールでの最後となる、“物凄い気迫に溢れた”素晴らしい楽しいライヴ。

そして、自らの誕生日という節目を経て、4回のGIGを経て、

福岡公演のライヴ。

佐野さんは、MCで何度かしゃべった。

   S.S,B.B.ツアー、寂しいけど、今夜が“最後のロード”です

僕は、最初にこの言葉を聴いたときに、自分が許せなかった。僕は、
この日の公演の位置づけを、3日後のNHKホールのファイナルの1つ前の「セミ・ファイナル」という表現で記していた。3つくらい前のエントリーに書いてある。しばらくの間、残しておく。

NHKホールでのファイナル・ライヴ公演へよいバトンを、なんて呑気なことも書いている。
東京へのロードなんてない、と知った。東京へは「帰る」とわかった。

佐野さんの“この日への特別な想い”は、僕の認識とは違っていた、と最初のMCで気づかされた。これまでの20公演のロードで、全国のあちらこちらを旅してきて、多くのファンの皆さんの温かい歓迎を受けて、それぞれの1夜限りの最高のライヴを経た人にしか湧いてこないだろう、
「特別の想い、寂しい想い」を正直に告白してくれた。

佐野さんの想いが伝わった以上、佐野さんとバンドのメンバー、スタッフの皆さんのためにも、
ありったけの声で、ありったけの仕草で、ありったけの拍手で、応えなくてはいけないと思った。
今までの1夜限りのライヴが最高であったように、この夜も、どこの街にも負けないくらいの最高の1夜にしないといけない、と思った。

僕は、今回のツアーで幸運にも3回のライヴに参加させてもらい、バンドが、バンドのグルーヴが、オーディエンスが、ステージで起こるいろいろなことが、成長していくのを感じてきました。
その頂点は、改修前の最後となる大阪フェスティバルホールだったのかなぁ、と思っていました。自分をライヴという場で育ててくれたホールに素晴らしいメンバーと演奏で感謝するんだ、という強い想いがひしひしと伝わってきました。

福岡市民会館でのライヴ。

大阪フェスティバルホールで体感したときと、同じような感覚になりました。凄いライヴでした。

詳細は、ライヴレポートで書きます。

P.S.
座席は、真ん中も見やすくていいけど、前の方ならば、ステージに向かって「右」の方が、
面白い。左袖にいる舞台スタッフの方々や、ローディーさんの方々とバンドメンバーの皆さんとの「あうん」の呼吸とか、いろいろと面白い風景が展開されています。

僕の席の1列真後ろの女性のファンの2,3名の方の「絶叫!!」が、とにかくとにかく凄かったです。でも、コアなファンらしく、曲や場の空気を読んでいたので、まったく、OK!
湯布院の牛食い絶叫大会に参加したら、きっと優勝すると思った(笑)。

《復路》
終演後の福岡市民会館の外の様子。午後22時5分過ぎ。
終演後の福岡市民会館の外の様子。
午後22時26分、天神駅発の地下鉄:福岡空港行きに間に合うようにしなければならない。
去りがたいけど、午後22時8分に福岡市民会館を後にした。
午後22時26分、天神駅発の地下鉄に間に合うように、去りがたいけど、福岡市民会館を後にした。
福岡市民会館に向かうときに道を覚えてきたので、午後22時18分過ぎに天神駅改札口に着いた。
午後22時18分過ぎに天神駅改札口に着いた。
天神駅のホームで、電車を待つ。
天神駅のホームで、電車を待つ。
地下鉄:博多駅の巨大な地下街で迷うが、10分前にJR博多駅の改札口に着いた。
地下鉄:博多駅の巨大な地下街で迷うが、10分前にJR博多駅の改札口に着いた。
JR博多駅の改札口を通過し、乗り場のホームに上がったら、「ドリームにちりん号」が待っていた。
この列車の名前が素敵だといつも思う。「夢を持って、日常に臨め」。
JR博多駅の改札口を通過し、乗り場のホームに上がったら、「ドリームにちりん号」が待っていた。
博多駅から大分駅までのJRの切符。2時間36分の長丁場だ。
博多駅から大分駅までのJRの切符。
福岡市民会館の中の売店で買った「ブルーベリー 天然酵母パン」とライブ記録ノートとメモ帳。
福岡市民会館の中の売店で買った「ブルーベリー 天然酵母パン」とライブ記録ノートとメモ帳。
2年前の福岡市民会館での帰りの電車でも綺麗だったけど、今夜の月も綺麗に迎えてくれた。
2年前の福岡市民会館での帰りの電車でも綺麗だったけど、今夜の月も綺麗に迎えてくれた。

切符では、午前1時30分に大分駅に着と明記されていたけど、改正前と同じように午前1時34分に大分駅に到着した。ふたたび、コンビニエンス・ストアに寄り、飲み物を買って、タクシーで自宅へと向かった。午前2時に無事に帰宅。PCの電源を入れて、メール・チェック、ブログを少しいじって、0泊2日の旅を終え、爆睡した。

(了)

投稿者: Beat goes on... 日時: 2008年03月27日 18:45 | 

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» 荒廃した都市の中に息づくイノセンス 送信元 SIDEWALK TALK
佐野元春が好きだから、そのことを書く。 とくに主題など設けずに、福岡でのライヴの余熱みたいなものを綴ってみたい。    このひとが、1980年代、説得力に... [続きを読む]

コメント (8)

BGO さん、こんにちは!
福岡公演、サイコーでしたね。
燃えつきました。
  
そして…
「ヘッセからの手紙」、ありがとうございました。
望外のことで、恐縮しております。
まだ読んでませんが、いずれ感想をブログにアップしたいと思います。
  
そういえば当日、BGO さんは KingBird オリジナルネルシャツを着こなしてましたね。
もちろん僕も購入しているので、着ていけばよかったと少し悔いています。
  
今後とも、よろしくお願いいたします。

mfさん、こんばんは。
(午後19時前にコメントとトラックバック先を見たのですが、突然の来客があり、遅れてしましました)

福岡の昨日の夜。「サイコー」なのですが、そのもっと上の表現が見つからないくらいの、凄い熱いライヴでした。
いろいろあって、心が少々乱れて、且つ、最初から単純に楽しめばよいと構えていたものの、佐野さんのこの最後のロードにかける想いを聞いて、もう夢中になって、僕も燃え尽きてしまいました。大阪の後のように、僕の電池が切れました。

ヘッセの本は、ヘッセの数ある著書を読んでいるであろう、mfさんに読んでいただきたいですね。そういう想いを込めてお渡ししました。感想を楽しみにしています。

KingBird オリジナルネルシャツは、佐野さんとの席が近いライヴの時によく着ます。佐野さんも見てくれますよ。嬉しそうにアイコンタクトで応えてくれます(勝手に思っています)。次回にファンクラブで良い席をもらったら、是非、mfさんも着ていきましょう!KingBirdロゴの部分でハートマークの仕草をすると喜んでくれます(たぶん)。

NEFのスピリッツを知らないファンの方が多いように、僕には思えます。

こちらこそ、今後ともこのブログとお付き合いを宜しくお願いいたします。


はじめまして。

元春ファンを自認している者ですが、上には上がいらっしゃるなぁ
というのが感想です。

中津と福岡の2会場でこのSSBBツアーを楽しみました。
どちらがどう、と一概には言えるほどの見識はありませんけれども、中津の朴訥な雰囲気が好ましく、このツアーの趣旨に最も沿った会場のひとつではなかったかと感じています。

・・・席、結構すぐ近くだったんですね。
MFさんとの書籍にやり取りはこの記事を拝見してフッと記憶が蘇り、見ていたような気がします。(勘違いかもしれませんが)

周囲になかなか元春ファンが少なくて、知己を得たとばかりに書き連ねてしまいました。
ちょくちょく遊びにお伺いさせてください。

FC司馬 さん、はじめまして。

コメントどうもありがとうございます。
佐野元春のファンに上も下も右も左もないと思います。
佐野さんの活動を応援して、その営みを注意深く冷静に観察して、何かのメッセージを受け取る、これが僕の佐野元春に対してのスタンスです。

中津と福岡はどちらも凄いライヴでしたね。中津公演はツアー3公演目であの完成度なので驚きました。福岡公演は大阪フェス最後の夜と同じくらいの凄い気迫を感じました。ロード最後の乱れっぷりというか今夜までしかバカ騒ぎができないということで、Rollしまくっていました。東京ではビデオが回るので変なことはできないですからね。

僕も1982年からのファンですが、1989年のツアー以降は、大分に来てくれなくなったし、仕事に追われて1996年のツアーまで7年間もライヴから遠ざかっていました。
中津文化会館の会場の雰囲気はよかったですよね。あれくらいの大きさのホールだったので、ライヴハウスでのライヴのような感じになったのだと思います。ところで「朴訥」ってなんと読むのでしょう。意味も。(汗)

今回のツアーは大きなホールが神奈川県民、大阪フェス、NHKホールと、これくらいではないのかと思います。僕も主催者側の意図があったのだと思います。

席はファンクラブからですので前の方でしたが、右側でよかったです。いろいろと左袖での面白い光景がありましたから。
mfさんとの場面を見てたのですか(汗)。

悲しいことに僕も周囲に佐野元春のファンがいません。学生時代も前の会社でも広報活動をしましたが、駄目でしたね。(苦笑)

九州にお住まいのようですね。
これからもこのブログを宜しくお願いいたします。

FC司馬:

朴訥
かざりけがなく話し下手な・こと(さま)。
中津の人々には愛着を込めて、この意味です。
ライブ慣れしていないだけに、もう全身全霊でライブを楽しむ姿を見て、とても微笑ましくて。
何故なら、僕の故郷は中津よりも(いや比較対象にしちゃいけないほどの)田舎ですからね。
故郷で元春のライブを見ているような錯覚もあって、とても忘れがたい一夜でした。

FC司馬 さん、こんばんは。

読み方は未だに解りません(どこかにあるはずの昔の辞書で調べます)が、意味を教えていただき、どうもありがとうございます。
そうですよね。いつもの街を外した会場が多かったので、新しいファンとの出会いを求めていたのでしょう。中津の地元から、初めて佐野元春のライヴを観た人も沢山おられたはずですし、FC司馬さんは慣れないそんな様子を観察されていたことは素晴らしいですね。佐野さんにもステージからそんな様子を観察していたんでしょうね。
いつもの街の佐野元春慣れしたいつものファンの前でのライヴもいいですが、これからも意外な場所でのライヴをして欲しいなと思っています。
そうじゃないと、なかなか佐野元春の新しいファンの層は増えないですからね。

FC司馬:

朴訥(ぼくとつ)と読みます。

FC司馬 さん、たびたびのご教授ありがとうございます。
勉強になりました。

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